intelligentとwise

バランス感覚を身に付けると、コミュニケーションの角と同時に能力の角も取れることがある

一方で考えなければならないのは、物事を大きく変えるような提案というのは、実は往々にして、intelligent だけれども wise ではない人たちから出て来ている、ということである。
そうなのかな。

  1. intelligent であり、wise でもある人
  2. intelligent ではあるが、wise でもない人
  3. intelligent ではないが、wise である人
  4. intelligent でも、wise でもない人

周囲の人間に恵まれてきたせいかもしれないけど、1のパターンの人も結構いるとは思うのだが。

しかし一方でマネージャの立場にある人たちが肝に銘じておかなければならないのは、部下が wise ではないからといって即批判せず、wise ではないが故の彼/彼女の良さをもう一度立ち止まって考え、その上で彼/彼女はその組織において wise になるべきだと判断したときにのみ、相手に対して wise になることを勧めていく、ということだと思う。

聞き手(多くの場合は上司)の重要な視点はコミュニケーションと能力を切り離して判断することなのでしょうね。
(簡単な判定方法として、生意気なA君が言った提案を却下したが、それは態度と結び付けてしまったからであって、実は従順なB君が言ったら受け入れたのではないだろうか?という思考実験とか)

wiseであることっていうのは実は放っておいても勝手にそうなっていく(角がとれて丸くなっていく)ものだと思うのだが、intelligent な視点というのは本人の向学心がなければなかなか伸びるものではないとも思う。

wise、intelligent 論議とはちょっとずれますが、中途入社の社員が入社してきてすぐは問題意識も高く業務のやりかた等について色々と批判的意見も言ってくれるのだが、慣れてくるに従って、あまり何も言わなくなるのがちょっと似ている現象かも。
「入ってきたばかりでウチのやりかたを何も分かっていない」というセリフはそういった「貴重な」批判的意見をドブに捨てているのかもしれないよ。