初心者向け言説ばかりだと言語のイメージが狭小化される

初心者向け言説ばかりだと言語のイメージが狭小化される、とふと思った。
ある時点を過ぎると、「初心者向け本ばかり」というのはプラスのイメージを与えないかもしれない。

そこそこメジャーな言語であればフレームワークなり利便性の高いライブラリ、開発環境が揃っているハズで、実業務においても使用されているとは思うのだが、そういったものはないが如く議論されてしまうのだな。

「what」(何ができるか)、「how」(どうやってできるか)があるとすれば、「what」は大差ない気がする。
例えば、Webアプリケーション開発言語において、MySQLへの接続が「全くできない」言語を思い浮かべることのほうが難しい、とか。
そもそも「what」を実現する為、局所的に他言語のアーキテクチャに接続することは「全然あり」なわけだし。

となると、「how」なわけだけど、初心者向け「how」がイメージとして広まると、なかなかそこから一歩進むのは難しい。
最近はそれなりに技術力のある人の言説もネットに溢れてきて多方面からの評価が可能になったので結構マシになったと思うけど。